札幌スキー場 閉鎖
北海道札幌市南区
1946年〜1959年に営業
札幌スキー場は、札幌市南区の藻岩山北東斜面にあったスキー場です。終戦直後の1946年、進駐軍専用のスキー場として造られ、同年12月24日に運転を始めたリフトは日本初のスキーリフトとされています。第1リフトは全長983m、木製支柱と2人乗りの搬器を備え、山頂へ向かう第2リフト、トボガンコース、20m級ジャンプ台、ロッジもある本格的な施設でした。設計・監督は後の北海道知事・堂垣内尚弘が務めました。進駐軍の撤退後は市民も利用し、1958年2月の国体スキー大会で回転コースとして使われたのを最後に、天然林保護のため使用禁止となりました。跡地は森に戻り、慈啓会登山コースの途中に第1リフトの原動機跡などの基礎が残っています。
札幌スキー場の歴史
- 開業
- 1946
- 閉鎖
- 1959
- 運営
- 進駐軍(連合国軍)専用 (1946-)、その後、市民スキー場として使用 (-1958)
- 閉鎖の理由
- 1958年2月の第13回国民体育大会で回転コースとして使われた後、藻岩山の天然林を守るため使用が禁止された。
- 跡地の現在
- 斜面は天然林に戻り、慈啓会登山コースを約1.3km登ったところに第1リフト山頂駅のコンクリート基礎と原動機の台座が残る。第2コースの上部は2005年まで藻岩山の山頂コースとして使われ、現在はミニケーブルカー「もーりすカー」が走っている。